大師から、四神の意味と方向についての詳しい通信があった。四神とは、東西南北、正しい方角、そしてそれに纏わる意味が、大師の究極な馬鹿羅によって、時が来るまで封印されてきた。それは、破壊と再生の時代が終息し、平成な世が定まった時、四神の正しい方角を知る必要があるという。まず、四神の方角が大変重要になってくる。この方向は、太陽が登る方向である東、沈む方向は西、人間の世界を家とすると、人が集まるリビングは、日光が当たる南向き、対する入り口、玄関は、西向きが多い、すると自ずと東は朱雀、西は玄武を示し、玄武に関しては玄関であり、馬鹿羅では同じ意味になる。青龍が北で北極星であるならば、南は、南十字星がある白虎になる。ここで、青龍は二人いて、光の民と通信する黄龍は金龍であり、光の民と通信して人に伝える役割の青龍は銀龍である。登り龍を金龍、降り龍を銀龍という。この金龍と銀龍の二人は青龍であり二人で一対である。白虎の生息地は、南方にあり、白い身体はアルビノでなく種であるという。アルビノは目が赤、若しくはそれに近い色の目の色をしているが、白虎の目の色は青色である。この意味は、青龍といつも向かい合わせにいて、青龍を見ているうちに目が青くなったという。そのため、白虎は青龍の話ししか聞かない。白虎の身体の色の意味は白龍、神のもと黒龍であり、白龍と黒龍が対になって人々を導くという意味から、白虎はそれら二体の龍神で一つの意味を成すという。青龍と白虎は、それぞれが北と南で、人の最後の心、慈悲を表すという。朱雀は、太陽が登ることを現し、玄武は太陽が沈むことを表す。これは、いわば、朝と夜を示す。なぜ朱雀も玄武も、二人ずついるかというと、夏は東南から太陽が登り、冬は西南から登る、沈むのは、この真逆を示す。これで、朱雀は、東、西、二人いて、玄武も二人いるという意味である。これにより、朱雀、玄武は、幾千満と謳われるが、その意味は、朱雀を意味する鶴は千年、玄武を意味する亀は満年といわれる。これは、時空を意味する。鳥は空を飛び時空の扉を守り、亀は門番であり時間の扉を守る、これらすべてを馬鹿羅で解くと「時が息詰まった時代、四神の力を用いて、神からのお告げを受け、光の民のもとに人々を導き、時空の扉を開けることで明るい未来を迎えることができる」となる。これは、四神である人間の性格や性質、得意分野がそれぞれ違うことを意味する。すなわち、四神の力、すべてが一つとなって進むべきであることを示す。大師は「今がその時代であるという。争いの時代に、この物事を解放することは不可能であり、未来に平和な時代が来た時、この隠された法力が解放される。そして人が集う店先には傘を被ったタヌキがいて、寺の門番には傘を被った大師が立つ」と言う。 この意味は「時が来たときに狸が大師に変わり、狸の金の玉が二つ定まると、未来の二つの遺伝子が解放され、その時、大師も狸も、神の前で傘帽子を外す」。これは、「神の沙汰を待つ」という大師の言葉につながる。大師は、「さぬき」と「たぬき」から、「さ」と「た」を抜いて取り出すと、「神の沙汰を待つ」という意味になるという。
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★Vol.613.注目!玄天経典-四神の玄武は二つの顔を持つ!- | https://youtu.be/mxfgwR9vWnM |